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賢治からバッハへ K→B

11月に雪が舞ったのは54年ぶりだそう。こんなにワクワクする日に週末のバッハのオケ合わせに行くなんて余計楽しいなと、必要以上に大きな(大雪用の)長靴を張り切って履き、五反田を闊歩。ふと空を見上げると灰色の空。こんな空から神聖な雪が降ってくるのかと思ったら賢治の詩を思い出した。賢治の詩は思い出しただけで泣けるからいけない。これから歌を歌うのに鼻が詰まってしまう。


永訣の朝 (大々的に抜粋)

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう

この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ


賢治はトシの最期のお願い事である「あめゆじゅとてちてけんじゃ」が、自分をあかるくするためにたのんだのだと思う。「今度は自分のことで苦しまず人のために苦しむように生まれてくるね」と死の間際に言うけなげな妹よ、自分は真っ直ぐに生きてゆくからと誓い、そのふたわんの雪がどうか天上のアイスクリームになってほしいと願う。

そして雪を取ってきたその松の葉をトシのほっぺたに当ててあげた賢治。トシは「ああいい さっぱりした まるで林のながさ、来たよだ」と言ったと言う。最後まで仲良しでお互いのために生き、世の幸いを探して生きた兄妹だったのだなぁ!

ちなみに賢治も旅立つ時、母親に消毒綿で体を拭いてもらいながら、「ああ、いい気持ちだ」と言いながら息を引き取ったというからね。母は賢治に「ゆっくり休んでんじゃい」と言ったって。もう誰か、私の涙を止めて〜(絶叫)!

人の幸いを求めて、誰も嫌な思いをしないように、役に立たなくとも(デクノボー)、力になりたいと願った賢治。うっうっうっ(嗚咽)。

そんなこんなで精神薄弱な状態でオケ合わせに臨みました(笑)。それでも素晴らしい古楽器オーケストラ、シンポシオンの皆様の演奏につい、ノリノリで歌ってしまいました。今から本番が楽しみです。バッハの3大傑作の1つ、ロ短調ミサ曲、来てねん。
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《サービスタイム》
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この写真は、随分前に山形新幹線の中から撮ったもの。賢治の「林と思想」という詩が好きで、それを思うと、この写真の春が見えるような気がします。


林と思想

そら、ね、ごらん
むかふに霧にぬれてゐる
きのこのかたちのちいさな林があるだらう
あすこのとこへ
わたしのかんがへが
ずゐぶんはやく流れて行って
みんな
溶け込んでゐるのだよ
  こゝいらはふきの花でいっぱいだ


私の印象の中で、東北の雪景色は特別です。それは小学校の教科書に載っていた「永訣の朝」のせいです。

バスタオルを目に当てて、心の準備が出来たら参考にどうぞ。


永訣の朝 (全文)
   
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
  (あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
 (Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あぁあのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ




# by komaiyuriko | 2016-11-24 23:30

クルトパ名古屋公演!

パリでクルト・パイユを結成し、精力的なコンサート活動を行ってから12年が経ちました。ここ3.4年ほどはそれぞれに忙しかったのと、体力が落ちてきたことからコンサート活動はお休みしておりました(笑)。が、もう干支一周したよ!とのことで、重たい腰を上げて(笑)、名古屋公演に踏み切りました。

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演目は我らの十八番、ラヴェル作曲『子供と魔法』です。今回はクルトパ以外の出演者は、ソリストもコーラスも、そしてピアノも指揮も名古屋の方にゲストに入って頂き、素敵な出会いや嬉しい再会などがありました。

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バリトンの近野さんとテノールの笠木さん。稽古日のこの日、笠木さんのお誕生日でした。

今回はコンサート形式で行われた『子供と魔法』ですが、クルトパなんだから普通に演奏するのはよくない、なにか馬鹿なことをやらなくては、とさーちゃんが言い出し、2人ともそりゃそーだ、となって、また訳のわからない仕込みを始めた3人。結果、お客様には大好評を頂きました。

それは、子供と魔法の絵本を作り、お客様に配ること、そして、絵本をめくるタイミングを演奏者が出すこと。それから、オペラの名シーンの前にシャッターチャンスが訪れる予告をすること、そして、今!という時にストップモーションにして、お客様に記念写真を撮って頂くことでした。
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お客様の参加型オペラになったわけですが、皆様思い切り参加してくださいました(笑)。ここ、絶対ふざけちゃいけない感動のシーン、というところで悪ふざけをするクルト・パイユ、健在です。
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お客様、一斉にシャッターを切ります(笑)。

また、クルトパ3人のご両親さまが勢ぞろいしたのも嬉しい再会でした。そういえば東京で公演する時も、三重からさーちゃんのご両親が、山形からまーちゃんのご両親が来てくださってたもんね。そして2人のご実家にも公演や稽古のためにお泊まりさせて頂いていましたし、その度に親切にして頂き、みんなお父さん、お母さんと呼び合っています。さーちゃん、まーちゃんの旦那さまも協力的で(というより、メンバー並みに働かされている!)、今は大きな家族になっています。有難いことだ〜。
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ホテルにてまーちゃん家族と。

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パリで出会ったキャオルと妹のキャナメちゃんも広島から来てくれました♡

今回は大宮から来てくれた両親と共に、名古屋から大阪への旅行を計画しました。大阪へ私の伯母のお墓参りに行くことが目的でした。おばちゃんは私を応援してくれてたからね。大阪でコンサートがあった時、恥ずかしげもなく、「ブラボー、ブラボー!」と叫んでくれたものでした。おばちゃんのお墓参りは初めてだったので、ここでもまた嬉しい再会となりました。
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大阪でベタなことをしまくる駒井家。

何より両親が元気なことだけが幸せです。どうかこの幸せがあと30年は続きますように(そしたら両親は105歳)!
# by komaiyuriko | 2016-10-01 12:50

Paul et...

学生時代、私を夢中にさせた詩人がいました。それはポール・ヴェルレーヌ。彼は自らのことを「土星人」と呼び(不幸な星のもとに生まれたという意味。のび太の常套句(笑)。)、繊細すぎる自分を呪っていました。しかしそれが詩人には絶対的に必要だとも分かっていて、そんな自分は生きるも死ぬも不幸せ、と語っています。

私もまた若かりし頃、自分をそんな風に感じていました。どうして今はこんななっちゃったんだろ(笑)。日々、誰も気に留めないような些細な事柄が身の周りに起こる度、ヴェルレーヌ詩集を必死にめくり、その時の自分を慰めてくれる詩を探したものです。

そんなわけで今でもヴェルレーヌは私の心の友であり、本当の友達だったら困る男なのです。

2009年に、ヴェルレーヌの試作をめぐる旅と題した舞台の台本を書き、サントリーホールでクルト・パイユとテノール歌手、俳優さん、ダンサー2人が必要な、自分的には大スペクタクルを上演しました。お客様への歴史的背景や人物相関、作風などのなんのガイドもなく、字幕もなく、自分だけが満足する舞台を作り上げました(笑)。その時のお客様の巨大なはてなマークと言ったら(汗)!

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あれから7年が経ち、ピアニストの市川さんからヴェルレーヌの歌芝居をやりたいとお話しを頂き、喜んでご一緒させて頂くことにしました。だってランボー役だって言うんだもん!大好きなランボー(シルベスタ・スタローンではない)。しかもヴェルレーヌは根岸さん、マチルドは森さんって言うじゃない!ピッタリ(笑)←失礼でもある。

とにかく準備は大変でしたが、今回は4人の力を合わせて(4人寄れば文殊の知恵で、選曲、台本から演出、舞台装置、照明まで、全てを手分けして、うまいこと適材適所出来たわけでした。)、お客様を置き去りにすることなく、ヴェルレーヌの素晴しさと脆さ、ランボーの天才っぷりと豪胆さ、そしてマチルドのおかげで生まれた珠玉の作品などなど余すところなく舞台化できたと思います。

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①舞台上にスクリーンを置き、こんな風にエピソードの題目も出したり、
②曲目や
③字幕もだして、
④たまに必要な知識も挟み込み、お客様へのガイドをつけました。ここ、大切(笑)。

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今回は劇中劇で雅なる宴のシーンがありました。雅なる宴関連の歌曲は山ほどありますから、素晴らしい曲を歌うことができて最高でした。

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マチルドとの束の間の幸せな時間

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ランボー現る

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酒と男色にまみれてついに

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発砲事件

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絶望するヴェルレーヌ

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そんなヴェルレーヌを捨てるマチルドとランボー

専門家の先生方にもお褒めの言葉を頂き、さらにヴェルレーヌのことをよく知らない方にも興味が出たやら、楽しかったやら、ヴェルレーヌやランボーの詩を読んでみたい等々のご感想を頂戴しました。
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森さんの師匠で二期会フランス歌曲研究会でお世話になっている後藤寿子先生と。厳しい先生ですからお会いする時はピリッとしますが、とても喜んで頂き、4人でホッとしました!

文学や音楽は人生を彩ってくれるどころか、窮地に立たされた際、命をも救ってくれるのです!これからも芸術に助けられてよちよち生きていきたいと思います。ご静聴ありがとうございました(笑)。
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終演後、ピアノと主催の市川さん、そしてフルーティストの坪井さんと。

# by komaiyuriko | 2016-09-26 17:40

終戦記念日の今日は、芹沢先生のメモリアルコンサートでした。生前先生は、今日のこのコンサートをもって、合唱団の指揮と指導に一区切りをつけるおつもりでいらっしゃいました。平和への願いは芹沢先生の一番大切な志でしたから、8月15日にコンサートを定められたのだなぁとまたしても先生の願いの強さに感服したところです。
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今年の合唱団の歌を聴くまで、この合唱団は音楽をするというよりは、みんなで気持ちを1つに、平和であることへの感謝と世界平和への希求のために歌っているのだなぁという印象でした。芹沢先生の指導はいつもそうでしたから。
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でも今年は見違えました。精神はそのままに、音楽力が格段にアップしている(笑)!ひとえに、先生の意志を継いだ鳴海さん(門下の最長老先輩)のおかげです。青森にお住まいながら、月イチのご指導。素晴らしいです。

門下の先輩で東京音大で教鞭をとっていらっしゃる五日市田鶴子先生の落葉松。ドラマティックなのに繊細。感動的でした。
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そして同じく東京音大の先生でもある野田ヒロ子さんのトスカ。今、日本で一番うまいんじゃないの?!そのテクニックと表現力に唖然とします。泣けてきます。この方が先輩であることが誇りです。震えるほど素晴らしかった。
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先輩方のコール・エトワールによる芹沢作品。楽屋では先生っぽいその曲の作りに皆でウケていましたが、爽やかな素敵な演奏でした。

私は最後に先生に見ていただいた曲を歌おうと思い、7.8年前の芹沢門下発表会で歌ったメシアンを選曲。あの時は間に合わず楽譜を見て歌いましたから、ようやく仕上がりました。何年かかってるのかしら…。
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この曲はキリストの復活を歌った曲です。キリストによって分け与えられたパンを食べた使徒たち。彼らはそのパンを口にし、その教えに目が開きます。私たちもまた、芹沢先生によって目を開かされた門弟ですから、そのような思いと共に歌いました。

楽屋には、先生の形見のお品を皆さまに、というコーナーがありました。楽譜や写真、ドレスやアクセサリーがわんさかありました。
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鳴海さんから、芹沢門下は最高だ、とメールを頂戴しました。全く本当です。今後も、見えない強い絆を感じて生きていきたいと思った有難い1日でした。
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# by komaiyuriko | 2016-08-15 23:40

今夏もまた広島に行き、演奏を通して平和を考える機会を頂きました。大音量の蟬時雨を聞きながら、71年前の夏に思いを馳せます。
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今年5月、現アメリカ大統領のオバマさんが広島に来てスピーチをしたことは、戦後の日本にとって何よりも大きなニュースだったと思います。スピーチを流すニュースを見ながら涙が止まらなかった。なぜなら、彼が日常愛を知っていたから。アメリカの大統領が日々の小さな愛の溢れる挨拶や、食事時の会話の慈しみ深さを知っていたから。それを一瞬にして奪われたことの悲劇の深さを知っていたから。ニュースを見て泣くなんて人生初めての体験!
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日本人は世界初の悲劇を前に耐え忍んで、闘い続け、こんなに発展させてきたのだなと、これまで日本を創ってきた先輩方への尊敬と感謝の念を強くせずにはいられません。

何度伺っても衝撃的な原爆資料館。
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子供には衝撃が強過ぎるから展示を辞めようと話題になった模型があります。何を言ってるんだ!目を背けたくなるような、恐怖で二度と目にしたくないような、こんなことが現実に起こったんだ、事実から目を背けるな、むしろ、目に焼きつけろ!と言い合いながら、友人と見学。怒りと悲しみで感情が揺さぶられ涙が出ることもしばしば。

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今まで余り心にとめなかったパネルがありました。原爆が投下され、75年は草木が生えないと言われた大地に、たったひと月後、真っ赤なカンナの花が咲いたのだそう。何という奇跡。何という希望。

土の力を信じよ、大地を讃えよ、と謳う大木惇夫の「大地讃頌」を思い出します。そして三枝ますみの書いた「黄色いカンナ」を思い出しました。

黄色いカンナはお庭のあかり
ほっかりやさしい花あかり
そこからひぐれがひろがると
私もやさしくなるのです

お庭に花が咲いた、あぁ、夕焼けだ、綺麗な空の色、夕暮れ時のこの匂い、心が緩和し、優しくなれる ーこんな気持ちが世界中に広がればいいのに。人々が小さな小さな幸せを感じられるカンナの花を、どうか世界中に咲かせてください。

戦争は地球上からなくならない。でもどんな人も、差はあれ日常愛を知っている。それでも残念なことに怒りの方が強いエネルギーを持っている。文化のあるところに争いは起こらない。でも貧困の厳しいところには文化は届かない。誰か、本当の平和を発明してください。
「過ちは二度と繰り返しませぬから」
この我々の応えの句が、虚しく広島の夜の空に消えていきます。
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# by komaiyuriko | 2016-08-03 23:29