コロナでこのような世の中になるとは誰が想像できたでしょう?武漢で新型の肺炎が見つかったというニュースを見ながら、ふーん、衛生状態が悪いからそういうことになるんじゃない?なんて、大して気にも留めずにいい加減なことを思っていたのに。だんだん日本にも拡がりを見せてきてからというもの、ゾンビ映画の中のニュースでも見るかのごとく恐怖を感じるようになり、これは現実なのか、自分とは関係ないことなのかと自問するほど精神的に病んできて(笑)、体にストレスによる多少の不調が相次ぎました。ストレスであちこち痛くなるほど、私は弱っちくねんだー!と心の中で叫んだ途端、少し元気になってきて、まずはピアノの前に座りました。
座ってはみたものの、歌う気が湧いて来ず、あれこれ弾いてみたけれどやる気がでない。なるほど、あなたは歌を歌おうと思ったのに歌を歌う気がないのですね?では、ラヴェルの「博物誌」のピアノでも弾いてみたらいかがでしょうか?孔雀の前奏弾いたらアガルんじゃない?!と自らにサジェスチョン。
みるみる元気が出てきて、やっぱりラヴェルなんだなーとか言いながら「博物誌」、「ギリシア民謡」などを楽しむ。以前から歌ってみたかった「聖女」を歌ってみる。おー、マラルメ〜!素晴らしさに身悶え。はっ!そうか。目下コンサートがなくなったので好きな曲を勝手に歌って良いのかー!とプーランクへ鞍替え。
女声が歌うのもなんだからと諦めていた「矢車菊」を歌う。頑張ってみたけど、中盤からもう泣けて泣けて歌えない。このアポリネールにうたわれている、目前に死を見つめている20歳の兵士が哀れで哀れで。
毎年、授業で男子学生に課題で出すこの曲。平和ボケした現代人に、血で赤々と染められたこの曲が必要なんじゃないかと思っているから。若い兵士は最期の時に短かった人生の中で甘やかだった子供の頃を思い出すーーギャン泣き。
そこでまたはっと気がつく。戦争じゃないんだから、と。
今、この大きな危機に対して世界中が心を同じにして立ち向かっている。戦争とは全く違う、戦争で死ぬのとも違う、あんな絶対悪とはぜんっぜん違う。
長閑な青空の下、食べ物もあって、人々は憎み合うこともなく、責任感を持ってステイホームさえすればいい。雨にも濡れず本を読んだり、ピアノを弾いたり、受験生のように勉強したり、友達とネットを通じて会ってお喋りもできる。出来ることをきちんとやって、それでもダメだったら、諦めよう。戦争じゃないんだから。二度目。ここに辿り着いたことは大きい。ま、そんな感じで今日に至ります。
両親がこの機会に断捨離をしているようで、私の小6の時の作文が出てきたと写メが送られてきました。作文を読んで、私はいつも先生に恵まれてきたなぁと感謝の念でいっぱいになりました。先生とは本当に有難いものだなぁ(涙)。その巡り合いで人生が変わるんだから!
小1から音楽を教えてくださった神山先生、この作文に書かれている、優しくてユーモアのある佐藤先生、私の師匠、芹沢先生。芹沢先生だったら今のこの状況をなんて言うかな。私はいつも、先生だったらこう言うな、と想像して、善いと思われる道へ進んでいます。