出雲日記(中)
2015年 01月 14日



前半は、故郷を歌った歌で世界の愛唱歌となっている『峠の我が家』でスタート。今までいい曲だなとは思っていましたが、別に歌いたいと思ったことはありませんでした。たまたまこの曲をCDに録音するという仕事があり、その時に使用した楽譜で歌ってみたら、初回、泣けてしまって歌えなかったのです。感動して泣けたのです。訳詞が誰か咄嗟に確認。そして納得。岩谷時子さんでした。
彼女の詩は、いつもスコンと心に入ってきます。それは訳詞でも同じこと。優しい言葉使いにシンプルなレトリック。色々な方の訳があるけれど、この曲には岩谷時子さんの訳が一番だと思います。
あの山を 誰と越えて
帰ろうか わが家へ
流れゆく 雲のかなた
ふるさとは 遠いよ
ああ わが家よ
日の光かがやく
丘の道 歌いながら
ふるさとへ帰ろう
詩を読んだだけで泣ける(涙)。
母と共に、遠い母の故郷に帰ることのできる幸せを思うと、涙で痩せるかもという程。
♪ふるさとは遠いよ〜(この時代に電車で12時間だもんね。)
そんなわけで、「峠の我が家」から始まり、フランス歌曲を歌ったり、武満を歌ったり、シャンゼリゼを歌ったりして一部は終了。一番盛り上がったのは、やっぱりハモンドの「ラ・クンパルシータ」だったかも。複雑…(笑)。
二部は、前日に阿国の墓前で誓った、傾く精神を貫きました。「大黒さま」では、私が大黒さまに、牧菜さんは因幡の白兎に扮し演奏。前奏中に、大きな袋を重たそうに歩くところから始め、大黒さまが白兎を諭すところでは頭を撫で撫でし、白兎は間奏中にまさかの台詞、「ありがとうございます!」を見事に兎になり切って発声。会場はバカウケ&手拍子で大盛り上がりとなりました。

出雲所縁の歌からオペラまで歌い、アンコールにミュージカルや民謡を歌うという、好き放題をやり切ったことに大満足な私と牧菜さんなのでした(笑)。
話は横道に逸れますが、大黒さまの袋の中にお菓子を詰めていたのでした。帰り際に、いらして頂いたお客様に飴ちゃんの一つでも、という気持ちからです。昨晩、その飴ちゃんやらチョコレートやらを買いに行った時、見たことのないお菓子を発見。


お客様の中には、母の同級生、体操部の仲間、芝居の仲間(母は全国大会で優勝するほどの実力を持つ劇団の看板女優だったのです。劇団の取材に、東京から来た記者の父と出会い、めでたく結婚。)、親戚など、私も顔なじみの方も多く、とても有難いコンサートとなりました。




生まれて初めて母親孝行をしたと感じた時間でした。このような有難い機会を与えてくださったご住職ご夫妻にはどれだけ感謝をしても足りることはありません。心からの感謝を申し上げます。ありがとうございました。
さて、コンサートも終わって実家へ帰り、一休み。従姉妹の赤ちゃんと戯れタイム。





夜は、玉造温泉にお泊りをするので、晩御飯は送ってもらう道すがらピンと来たお店へ。「はしもと」です。ここは、学食のように好きなものを取って会計へ行くシステム。心踊ります。


ゆりこセレクトは、

余りにこのお店を気に入ってしまったため、この通りを「はしもと通り」と命名。本名は国道9号線。
玉造温泉では竹林の露天風呂の景色に大満足で、湯に浸かった途端、充実した「ふはぁぁ〜〜」の声をあげました。


下巻に続く!