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失われつつある唱歌に寄せて

こんばんは、ユリです。
先日、サントリーホールで『更けゆく秋の夜、旅の空の』と題した唱歌を扱ったコンサートがありました。全てのプログラムは “昔、学校で教わった唱歌”に限られるという大胆な趣旨のコンサート。しかも伴奏はピアノ、フルート、ヴィオラ、チェロの豪華版。私はソプラノとして、心に染みいる良い歌たちを存分に歌わせていただきました。

第1部には「旅愁」や「故郷を離るる歌」、「灯台守」などの舶来の唱歌を、そして第2部には「朧月夜」、「夏は来ぬ」、「冬の夜」などの日本の唱歌を歌いました。
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途中、楽器紹介や上手な歌の歌い方、なんてコーナーもありました。
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こちらはみんなで歌おうコーナー。会場はなかなか本気で歌ってくださいました!

前半の舶来の唱歌を、恥ずかしながら半分以上知らなかった私。そして後半の日本の唱歌を、私のたった3歳年下の知り合いは、知らない曲もあった、というのです。「え~、あの曲知らないの~?!学校の少年自然の家やスキー合宿に行くときに皆でバスの中で歌う、あの曲を?!」ってな具合です。その方のお子さん(小学2年生)も一緒にコンサートにいらして下さったのですが、きっとほとんどの曲を知らなかったのでしょう。衝撃っ!

小学校2年生といえば、私の小学校1,2年生の頃の担任の先生も会場にいらしてくださいました。私の大好きな先生。これらの歌を授業で教えてくださった先生でもありますし、1年生の10月から、毎日日記をつけるように指導してくださった先生でもあります。私が文章を書くのが好きになったのは、この会場にいらしてくださった武藤先生のおかげです。今でも、北小(我が母校)の木造校舎の一室で、作文コンクールに出す私の文章の手直しを先生と二人でした情景を思い出すことが出来ます。
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その武藤先生を見つけて先生との思い出をお話しているところ。

それにしても、学校ではもう教えなくなった歌たちを思うと、居ても立ってもいられなくなります。こうして歌い継がれなくなれば『忘れられし小唄』となってしまうのです。言葉が難しいことも失われていく理由の一つだと言われていますが、それが一体なんなのでしょう?私だって知らない日本語を呪文のように唱えながら、子供のころから美しい旋律に魅せられて「冬景色」や「夏は来ぬ」を歌っていました。そして大人になってから、漢字で書かれた詩を見て、「なんて美しい情景なんだ、これぞ日本の景色、風景だ!」と打ち震えるわけです。これぞ二度美味しい唱歌の醍醐味。

しーかーも、それらの言葉の持っている力というのがあるはずだと思うのです。歌に限らず、日本の詩人が書いた詩の難しい言葉、それ自体の力、そして詩のもつリズム感。それらは、意味もわからず唱えられ続けるべきなのだ、と私は感じています。

でもできれば、言葉の意味や今は失われつつある情景を説明してくれる大人が、今の時代に生きる人たちに歌を、詩を、語り継いでいくのが一番良いことだと思います。そういう意味で、今回のコンサートに参加できて、とても意義深かったと充実感でいっぱいの私でした(笑)。
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大義を果たした素晴らしい音楽家のメンバーと。

きっとこれからは日本の景色がどんどん変わっていくことでしょう。これらの歌が持つ情感や情景なんて、遠い異国の物語のように次世代の子供たちには響くのだろうなと思います。日本語は生きている、だからどんどん進化して良いのだ、とも思いますし、それとは別に、文語体の歌詞だって、どんどん意味も分らず子供たちが口ずさめばいいのだ、と思っています。
by komaiyuriko | 2010-11-19 22:43 | コンサート