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ソノリウム・コンサート

こんばんは、ユリです。
今日も小雨の中、会場まで足を運んで頂きましたお客様にはこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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今日の会場、永福町にありますソノリウムに私は初めて伺いました。永福町と言えば、クルト・パイユとよく舞台を共にしてくれるダンサーのアキが以前住んでいたところ。まだパリに住んでいた頃、日本には仕事で一時帰国をしばしばしました。その度に、アキちゃんにはよく居候させていただきました。一度なんてアキちゃんを友人の家に泊らせて、私とまーちゃんがアキ宅を陣取ったこともあったくらい。その節はお世話になりました!

ですから永福町は、私にとって馴染みの街。その街にル・コルビュジエ建築のような素敵な会場があるなんて!ホールに入った途端にその空間に溶け込む感覚がありました。また、ステージから見る会場全体の雰囲気も客席から見た空間と違い、広がりが出てまた良いのです。すっっごく好きになってしまいました。
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リハーサル中

しかも今日の曲目がこの空間にあっていること(笑)。鶴園先生がリハーサルでラヴェルの「水の戯れ」を弾かれるのを聴きながら、―この感じ、なんだろう―とポヤ~ンとしてしまいました。きっと陶酔とか恍惚と言った類の言葉からセクシーさを取り除いた言葉があったらそれです。ただ、その他の曲はまさにそれらの言葉がぴったりな内容でした。ピエール・ルイスのビリティスにしても、マラルメから想を得た牧神の午後の前奏曲にしてもなんてエロティックなんでしょう。牧神なんて、言葉がないのにあれだけ雄弁にエロスを語られるともう一体何がなんだか分からなくなるくらいです。
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ビリティス中。震えおののいて目を伏せたところ(笑)。

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牧神のエロすぎて頭がおかしくなるポイントはココ。アモナヴィね。

後半は自分の出番、ド・レニエの詩による4曲が歌い終わると客席でラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」を聞かせていただきました。ラヴェルの音楽は私に、夜に輝く移動式遊園地のような、限りなく現実の色に近いセピア色の回転木馬のような、あのノスタルジーとまやかし、その中にある浮ついた華やかさと悦びとそれに同居している儚さや寂しさを感じさせます。そこに永遠に居させてくれればきっと哀しくないのかもしれません。しかしラヴェルは「それは虚構だよ」と最後に言って、私たちを現実の世界に帰す、もしくはその虚構の世界に私たちを置き去りにして、その世界を煙のように失くしてしまう感じがします。そして私は音楽の中で「虚構だよ」と言われた時にいつも泣きたくなるのだろうと思いながら、1台4手で演奏されるこの曲を1列目で逞しい肩を出しながら聴いていました。

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それはまるで、ビリティスの終曲「ナイアードの墓」で“彼”に言われる言葉と同様の響きを持ちます。「サティールは死んだよ。ニンフもみんな死んだよ」と。(でもこの曲の場合、新たなものに視線が定まっていて、過去や失ったものを惜しむのではなく、未来を見据えている清々しさがあります。終盤、空に氷のかけらを透かして見るシーンがあります。ピアノの後奏の最後、アクセントが付いている音があります。その音が、曇った空から出でた光が氷に反射し、私を眩しくさせます。そこに未来を透かしてみた新鮮な感覚があります。)

まーそんなわけで、最後は涙をこらえながらラヴェルを聞かせて頂きました。クルト・パイユも、これくらい思い切ってコンサートをしてみてもいいかもしれない、と思ってしまいました。むか~し、ベルギーの日本大使館で公演した「ベルギー詩人へのオマージュ」くらい思い切ったヤツ!あれほどお客さんがいなかったコンサートもないよねー。本番なのにリハかと思っちゃった。ま、2年に1度くらいは、私たちのコアな部分をえぐりだすようなコンサートをしましょう。集客を考えずに(笑)。

ではまたー!
by komaiyuriko | 2010-03-07 22:55 | コンサート