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2021 ホフク前進!

結局、年末年始は実家に帰れず、そのおかげもあって(笑)、の〜んびりと過ごしています。


年内の溜まった宿題をこなすのがここ何年かの過ごし方となっていますが、今頃ハッとする😮 

あれ、もうあと2日しか休みがない


まぁ、年中無休ともいえるし、年中休日ともいえる生活なのですから、今更焦らずとも良いではないか。なぜって、この暇つぶしの遊びも、もしかしたらボードレールからのメッセージなのかもしれないから!

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Il faut être toujours ivre. 

(常に酔っていなければならない。)


酒は飲めぬが。でも酔うことに酒だけが必要なものではない。


Mais de quoi ? De vin, de poésie ou de vertu, à votre guise. Mais enivrez-vous. 

(では、何で酔うか?酒、詩、美徳、何でもあなたの好きなものでいい。まずは酔いたまえ。)


むむむ。poésieだけでは残念ながら酔いが足りぬ。完結するためにはやっぱりこれじゃ。


De la musique avant toute chose.

(まず何よりも音楽を)


うふふ、結局ヴェルレーヌ(笑)。


今年も素晴らしい音楽に囲まれて、楽しく愉快に生きて参ります。所信表明。


有難いことに、両親とは文明の力で毎日会っておしゃべりしています(笑)。

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こんな駒井家ですが、今年もどうぞよろしくお願い申し上げます🎍


# by komaiyuriko | 2021-01-02 20:06

セミファイナル

夏の終わりーー

この時を惜しむかの様に蝉が鳴いています。短い命を削るように、精一杯体を震わせて鳴いています。


でも、私は虫が怖い。すみません、虫たちっ!恐ろしくてたまらないのです。


小学生の頃は虫取り名人の名を欲しいままにしていたというのに、どうしてこうなってしまったのでしょう?!カナブンに糸をつけて飛ばしたり(何故、そんなことをしていたのか?!)、イナゴやこおろぎを大量にとってきたり、止まっているバッタでは飽き足らず、飛んでいる殿様バッタを鷲掴みにしたりと、かなりワイルドにやっていた。それが今では動くもの、全てが虫に感じられて、ビクビクしながら過ごす夏の日々です。


そのような中、私が一番恐れているのが蝉。あの子たち、最期の時を迎える頃、めちゃくちゃに飛ぶでしょう。そして気の毒に地面にひっくり返っていると思うと、急に騒いで暴れ、向かって飛んでくるでしょう。その様をセミ爆弾と呼び恐れています。


先日、駐輪場にセミ爆弾がいて、驚いた私は首をグギッとついやってしまった。そのせいでその日から痛みが広がり全身痛になってしまった。ちなみにその日は大切な用事があり、自転車で出かけなくてはならなかったのに、セミ爆弾のせいで自転車が取り出せず、「もう行けないっ(涙)!本日お休みします。」と、あと一歩で主催者に電話するところでした。5分ほど冷や汗をジトっと感じながらセミ爆弾を見つめ続け、勇気を奮い立たせてみたり、小石を近くに投げてみたりしたがうまくいかず、遅刻ギリギリになったところで、電車に切り替えて半泣きで出かけて行きました。


さて、どうにも体が痛いので仕方なく家の隣にある整骨院に行きました。恥ずかしながら、痛めた経緯を話したところ、突然受付にお座りになっていた別の先生がやってきて、「今、蝉の話していましたよね。私、蝉については1時間は語れます。」と言うではないですか!


先生のマンションの廊下には毎年すごく蝉がご臨終するらしく、去年は19匹もひっくり返っていたらしい。私は心の中で「くちなしの花か!」と突っ込んだが、まぁいいとしよう。先生も恐ろしくて、100均で虫取り網を買い、すくっては土に返していたそう。ゴキを退治する時に、「もう二度とここに来てはいけない」と諭すと仲間にテレパシーで知らせ、その後ゴキが来なくなるという都市伝説があるらしく、蝉にもそれを試してみたら、今年は4匹しか来なかった、というミステリアスな話を枕に、本題が始まりました。


セミ爆弾は、死んでいるように見えるけど、実は生きているから突然暴れる。だから生死を見分けられれば恐ろしいことはない、ということで先生は見分け方を私に伝授してくれたのでありました。


ひっくり返っている場合、手が上に伸びている、又は万歳みたいに開いている場合は、まだ生きている。この状態を《セミファイナル》と呼ぶらしい(笑)。ここで私は全身痛の治療中にもかかわらず、体を震わせて大爆笑してしまいましたよ、あーた!


ご臨終の場合は、腕を棺桶に入るように胸のところでクロスして畳んでいるらしい。これはもう動かないから大丈夫、とのこと。


私、こんなにも生きた知恵を授けてもらったことはない!と感動しながら、感謝の言葉と共に「先生はセミプロですね!」と言ったら大変喜ばれました。


その後、何度も地面にいる蝉を見かけましたが、このセミファイナルの見分け方を知ってから、本当に落ち着いて対処できるようになりました。恐らく多くの方にもためになる話と思うので、くだらないと思いつつも、わざわざブログにしたためました。


みなさまのお役に立つことを夢見つつ、それではどうぞ、良い夏の終わりをお過ごし下さいませ


コナモーレゆりより


# by komaiyuriko | 2020-09-06 23:08

色々な音楽の中で

コロナでこのような世の中になるとは誰が想像できたでしょう?武漢で新型の肺炎が見つかったというニュースを見ながら、ふーん、衛生状態が悪いからそういうことになるんじゃない?なんて、大して気にも留めずにいい加減なことを思っていたのに。だんだん日本にも拡がりを見せてきてからというもの、ゾンビ映画の中のニュースでも見るかのごとく恐怖を感じるようになり、これは現実なのか、自分とは関係ないことなのかと自問するほど精神的に病んできて(笑)、体にストレスによる多少の不調が相次ぎました。ストレスであちこち痛くなるほど、私は弱っちくねんだー!と心の中で叫んだ途端、少し元気になってきて、まずはピアノの前に座りました。


座ってはみたものの、歌う気が湧いて来ず、あれこれ弾いてみたけれどやる気がでない。なるほど、あなたは歌を歌おうと思ったのに歌を歌う気がないのですね?では、ラヴェルの「博物誌」のピアノでも弾いてみたらいかがでしょうか?孔雀の前奏弾いたらアガルんじゃない?!と自らにサジェスチョン。


みるみる元気が出てきて、やっぱりラヴェルなんだなーとか言いながら「博物誌」、「ギリシア民謡」などを楽しむ。以前から歌ってみたかった「聖女」を歌ってみる。おー、マラルメ〜!素晴らしさに身悶え。はっ!そうか。目下コンサートがなくなったので好きな曲を勝手に歌って良いのかー!とプーランクへ鞍替え。


女声が歌うのもなんだからと諦めていた「矢車菊」を歌う。頑張ってみたけど、中盤からもう泣けて泣けて歌えない。このアポリネールにうたわれている、目前に死を見つめている20歳の兵士が哀れで哀れで。


毎年、授業で男子学生に課題で出すこの曲。平和ボケした現代人に、血で赤々と染められたこの曲が必要なんじゃないかと思っているから。若い兵士は最期の時に短かった人生の中で甘やかだった子供の頃を思い出すーーギャン泣き。


そこでまたはっと気がつく。戦争じゃないんだから、と。


今、この大きな危機に対して世界中が心を同じにして立ち向かっている。戦争とは全く違う、戦争で死ぬのとも違う、あんな絶対悪とはぜんっぜん違う。


長閑な青空の下、食べ物もあって、人々は憎み合うこともなく、責任感を持ってステイホームさえすればいい。雨にも濡れず本を読んだり、ピアノを弾いたり、受験生のように勉強したり、友達とネットを通じて会ってお喋りもできる。出来ることをきちんとやって、それでもダメだったら、諦めよう。戦争じゃないんだから。二度目。ここに辿り着いたことは大きい。ま、そんな感じで今日に至ります。


両親がこの機会に断捨離をしているようで、私の小6の時の作文が出てきたと写メが送られてきました。作文を読んで、私はいつも先生に恵まれてきたなぁと感謝の念でいっぱいになりました。先生とは本当に有難いものだなぁ(涙)。その巡り合いで人生が変わるんだから!


1から音楽を教えてくださった神山先生、この作文に書かれている、優しくてユーモアのある佐藤先生、私の師匠、芹沢先生。芹沢先生だったら今のこの状況をなんて言うかな。私はいつも、先生だったらこう言うな、と想像して、善いと思われる道へ進んでいます。

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# by komaiyuriko | 2020-04-19 23:49

この夏で、私の師匠、芹沢文子先生が旅立たれて3年が経ちます。


思えば本当に素晴らしい人でした。もしかしたら人ではなかったのかもと思うこともあるほど(笑)。優しげな笑顔を絶やさず、何かにつけて私を勇気付け、励まし、1つの道筋を示して下さった先生。とは言え、理想ばかり吹き込むのではなく、この難しい世の中の歩き方も教えてくださいました。先生から頂いた膨大な教えを私なんぞが要約してみると「どんなことでも(どんな困難や悲劇をも)有難いと思い、その意味をよく考え、感謝すること。」


その先生の教えの集大成と言ってもいいコンサートが85日サントリーホールで開催されました。プログラムは先生のご専門のフランス音楽。ドビュッシーのカンタータ「選ばれし乙女」、フォーレの「小ミサ」、そしてフォーレの「レクイエム」です。

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2年前、音楽プロデューサーの牧菜さんに、「3回目の夏に、いいホールでオケと女声コーラスのドビュッシーとフォーレをやりたい。そして満員にして、芹沢先生の素晴らしさを再確認して欲しいし、知らない人にも知ってほしい。」と話しました。それが気がついたら現実のものとなっていました。ゆっくり目を閉じて、再び目を開けたらその日になっていたという感じ。牧菜さん、何から何まで、とにかく全部引き受けてくれてどうもありがとう!!!どれだけ大変だったでしょうね。

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この素敵なチラシも牧菜さん作。


オーケストラはいつもご一緒して下さる弦の皆さま、管の皆さま、それでも足りない楽器は、彼女たちがお友達を連れてきてくださいました。素晴らしい響きの(当たり前)、本当の音楽!それはそれぞれの皆さまのお人柄から出てくる音楽でした。


楽しくて素敵な人ばかりでした。素人の私に、こうしたら私たちはよく分かるよ、こうすると私たちはこういう風になるよ、駒井さんはこういう音楽にしたいんだね、じゃ、こうしたらいいよ、と諦めずに丁寧に教えて下さいました。初日のオケ合わせでは、ぽろっと「全ての指揮者に言いたい。」との言葉が(笑)。私は何てラッキーなのでしょう!オケの人の本心を聞いて、直接教えてもらえるなんて、本当の指揮者よりお得で幸せ者じゃないか!本番まで、1ミリでも良くなるように諦めずにがんばるどー!となったのでした。


コーラスはユリノキをまず元にしましたが、それでも20名ほどですから、募集したところ、知り合いの幾つかの合唱団から多くの方が参加を希望して下さいました。総勢62名。ありがたやー。念頭にユリノキを置くと、「ドビュッシーのカンタータはフランス語だよ。」なんてとても言えない!と思ったので、フランス語を消してフランス語に聞こえるカタカナのみを表記。「はい、この曲は日本語だよー!」と言って始めました(笑)。私が恐れるよりも皆様の方がはるかに許容量が広く、フランス語でも全く問題ありませんでしたが!むしろ、余白にフランス語を書き込んでいたという、二度手間付き♡


コーラスは半年かけて練習しました。全てのメンバーに色々な人生があって、練習に来るのもやっとの方もいるはずです。それなのに最初から最後まで、底抜けに明るく、楽しく、良くやって下さいました。自分の頭の中で鳴っているコーラスに近づいた時の感動は忘れません。でも本番は段違いに素晴らしかった。最後の一言、“レクイエム”では涙がこみ上げました。それぞれの思いのこもった素晴らしいコーラスでした。


ソリストは、ホールを取った瞬間にお願いした、姉弟子の野田ヒロ子さん、そしてまーちゃん、池端さんと、東京音大の仲間にお願いしました。バリトンは桐朋の教え子の菅原くん。フォーレの小ミサはエウレカの織部さんとなるちゃん。こんな風に素晴らしいソリストが集まって下さいました。感動ポイントは、一部に出演のまー、池端さん、織部さん、なるちゃんが、フォーレクのコーラスに乗ってくれたこと。今回はオリジナルの女声版を使いましたから、いつもと違うパートでしたでしょうに、気前よく歌ってくれてどうもありがとうございます(涙)!
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野田さんのソロは、今までに聞いたことのないピエ・イエズでした。超絶テクニックもさることながら、その歌というか雰囲気というか体全体と周りの空気が、特別な、「祈り」というと簡単だけれども、「祈りに似た何か」だったような気がします。一番近いのは、長いあいだ干ばつに喘いだ人たちが雨乞いのために呼んだ巫女みたいな感じ。見たことはないけれど(笑)。神々しさがありました。

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お客様の中に、当時の東京音大の教授陣がいらして下さったのは嬉しいことでした。声楽の先生や音楽学の先生、語学の先生方でした。

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コーラスの練習にピアノを弾きにきたり、オケのことで最初から最後まで相談に乗ってくれた岩撫さんが見届けに来てくれたのも嬉しかった!終演後に会場で抱き合った時には涙が出ました。


そしてコンサートの始めにスピーチを下さった姉弟子の五日市田鶴子先生。

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感動的で尚且つ面白いスピーチをして下さいました。裏でスタンバイしていたコーラスの方たちが、そのスピーチを聞いて早くも涙していました。


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私も発起人として一言、述べさせて頂きました。


出演者総勢92名。関わって下さり当日会場にいらして下さった方を加えると100人を超えます。そしてお客様は念願だった満員御礼。あの日、ホールにいらっしゃった500人近い方の温かいお気持ちで、あの素晴らしいコンサートが出来たことに心から感謝します。


これは全て芹沢先生のおかげなのだと思います。先生は人の繋がりを大切にしました。そして一人一人の心の平安、行くは世界の平和をいつも願い、祈ってらっしゃいました。この善意のコンサートは、多くの人たちが信頼し合って出来たコンサートでした。

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どうか世の中に、本質的な平等と、教養と文化が行き渡り、この日の音楽のように、本当の平和が訪れますように。

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ボーナスショット
女性楽屋にて。コーラスの方に頂いたスパークリングワインで乾杯したところ!
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# by komaiyuriko | 2018-08-15 00:54

とにかく私はゴッホが好きなのであります。ゴッホへの愛は、フランス留学時代にゴッホの足跡を辿る旅と称して南に北に彼を追いかけ、エッセーを書き、無駄に本にしたくらいです。


この春、菜の花が美しく、またその香りも、「菜の花から油を採る」という小学理科の授業を強く思い起こさせます。菜の花の香りが小学校新学期のドキドキワクワクと結びついているのです。そこで私にとって衝撃の思い出話を一つ。


1の頃、大好きな担任の武藤先生のお家に遊びに行きました。先生は桶川に住んでいて、先生のおうちから、天井の開く車に乗って飛行場にピクニックへ出かけました。飛行場の土手で、お母さんが作ってくれたお弁当を落としたのも思い出の一つ。落ちたお弁当を指差して、気まずそうにえへへ、と笑っている証拠写真があります(笑)。


その土手にはつくしが顔をのぞかせていたり、おたまじゃくしがまだ孵化しない卵と一緒に水溜りに泳いでいたり、菜の花や色々なお花が咲き誇っていました。


ふと初めて見る美しい景色を見つけ、先生に見せたくて「ほら!」と指差しました。すると先生は「きれいだねー、紫と黄色って合うんだねー!」と言いました。そこには大根の花と菜の花が列になって咲いていました。紫と黄色と緑のハーモニー。


何が何だか分からなかったけれど、初めて見る圧倒的な美しさだった。それを先生は紫と黄色は合うんだね、と言った。という衝撃。


私がきれいと思ったものには、理由があるんだ。美しさってそこの空気と配色と関係あるんだー。紫と黄色は合うんだー。へー。


これが最初の衝撃の思い出。


先生というのは有難いものです。こうして何十年経っても影響を与え続けているのですから。だって先生が「黄色と紫は合うんだね」と言わなければ、何も思い出に残らず、流れてしまったのだから。先生は私の感覚を言語化してくれたのですからー!


そして今日もゴッホの手紙を徒らにペラペラめくっていると、私の好きなくだり、アルルが日本に似ているというところに当たりました。アルルの日差しの強さ、色彩が、ゴッホが憧れた日本に似ている!という大切なくだりです。


散々線を引いたり、付箋をつけているにもかかわらず、気に留めていないところに今日気づき、また感動して震えているのです。それは、ゴッホの見たアルルの風景への描写です。


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《アイリスの咲くアルル風景》

勝手に抜粋、さらに勝手に編集版(世界文化社「ゴッホを旅する」、みすず書房「ファン・ゴッホの手紙」による)。

「すみれ色のアイリスと、その先に輝く黄金色のキンポウゲの野原。ここにいれば日本の作品(浮世絵のこと)はもう必要ない。というのも僕はここで日本にいるのだ!」


え!!ゴッホがジャパンを感じた美の配色ってすみれ色と黄金色?!

これは私が桶川で見た、菜の花と大根の花の色じゃん!!


ゴッホはこの紫と黄色の花が咲き乱れる景色を「日本の夢」と呼びました。私は6歳の頃、日本に住みながら日本らしい美にふと気がついたんだなと、本を持つ手が震えました。そして先生の一言によって、それが具体的にインプットされたんだな、と。ぶるぶるぶる。


やっぱり外に出なければならないし、旅をしなければならない。そして景色やその色や空気を感じなければならない。自然が作りだすハーモニーを見なければならない、そして人が作った芸術を見なければならない、としみじみと感じたひと時でした。


さ、おでかけしよっと。



# by komaiyuriko | 2018-04-15 17:28