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こんにちは、最近稽古で疲れ気味のユリです。
春だというのに今日は霙のような雨まで降ったりして。稽古自体は全く疲れる内容ではない上に、待ち時間のオンパレード。じゃ、楽じゃん!といった感じなのですが、稽古場がうちからだとちと遠いのです。都営浅草線の泉岳寺なのですよ。文句言うほど遠くないところが消化不良気味。分かる(笑)?!

今日は、待ち時間が2時間ほどあったので、駅の目の前にあります泉岳寺へお参りに行きました。
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実は私、忠臣蔵話が好きなのですよ。学生の頃にハマリマシタ。歴史上の出来事にはまるのもなんですが、いるでしょ、たまに「大化の改新」が好きだ、とか言う人(笑)。そんな感じで。学生時代にお参りに来たこともあります。ですから今日も空き時間を利用してここぞとばかりに参りました。
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入るとすぐに内蔵助さまがいらっしゃいます。

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遠縁テノーレのタイチと行きました。

どんな気持ちで町人になりすまし、いつ明けるともしれない長い時間を過ごし、そしてついに討ち入りを果たし、切腹していったのでしょう。それを思うと涙がこみ上げてきます。赤穂浪士に対しては色々な解釈があると思いますが、確かに忠義や人情というものは、我々の心を動かします。

藤沢周平や山本周五郎の作品を偏愛しています。そして読む度に猛省させられます。
「あー、私は言いたいことをいとも簡単に、且つとりとめもなく発言しすぎだー!」と。
意思を持つことの大切さ、そして自由に自分の意見を発表する柔軟さと勇気を持つことを肝に銘じて生きています。それなのに優れた時代小説を読むと、「なんて自分には忍耐が足りないのだろう。自尊心や家族を守るために、または理不尽だとさえ思えるような何かのために人は無口に耐え忍んで人生を懸けて戦うべきなのかもしれない。私のバカバカバカー!」となってしまいます。今日も分裂気味。でもどちらもきっと正しいのでしょうね。てんびん座なのでバランスを大切にしたいと思います(笑)。

さてお参り中、内匠頭の辞世の句を思い出してみましたが、何度口に出しても
「かぜさそう はなよりもなお われはまた はるのなごりを フフフフフフン」
となってしまう情けない私。

かぜさそう はなよりもなお われはまた はるのなごりを いかにとやせん

でした。思い出すことがリハビリ。ネットで調べちゃったけど。

それにしても昔の人のうたを詠むという教養の高さには驚きを隠しきれません。源氏物語の時代の歌詠み合戦は別に何とも思いませんが(だって恋愛のために歌を詠んで暮らすことがメインでしょ、あの人たちの人生。かなりの曲解)、やはりそれ以降の時代における、特に辞世の句にはハッとさせられます。

私は人に気持ちを伝える時にグダグダ述べる癖があるので、端的に内容を伝えられるように短歌を詠む練習をしたことがあります。これは当時の演出の先生に個人的に出された課題でした。でもセンスがなくて自分でもびっくり&がっかりしました。私のお祖母さんは短歌を詠む人で、本まで出ているというのに情けないことこの上なしです。でも「あいうえお作文」の様式を用いた詩作には一時執心しました。予想外の良い結果を得ることが多く、気に入って、多くの友人の名前で挑戦し、詩をプレゼントして遊んでいました。迷惑な話だねぇ。

ま、そんな感じで今日も藤沢周平を読みながら寝ることにします。
では今日の周平からの一言…。苦渋に満ちた心の嘆きです。まさにラメント。

「汚いこと、けがらわしいことを避けては、生きていけない世界に、大人は住んでいる。商い、女、世間との付き合い……。そういうものの間を大人は時に人を出し抜いたり、だましたり、本心を偽ったりして辛うじて泳ぎ抜くのだ。そこには大人の喜びがないとは言わないが、その喜びは、時には罪の意識にいろどられ、時には薄汚れて、大方は正視に耐えない姿で現れてくるのである。そういう不純な部分を抱え込むことで、大人の世界が成り立っている。」


関連して急にボードレールの詩句を思い出した。


多くの花は 悔いつつ放つ    Mainte fleur épanche à regret
秘密のような芳香を        Son parfum doux comme un secret
深い孤独のただ中で        Dans les solitudes profondes.



おやすみなさい~。
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by komaiyuriko | 2010-03-30 20:41 | 文化・芸術

アルド・チッコリーニ

一昨日のマチネと今宵、私は素晴らしい時間を過ごしました。
あ、申し遅れました、ユリです。
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なぜならアルド・チッコリーニのピアノリサイタルに行ってきたからです!チッコリーニと言えば、パリでサン=サーンスのピアノコンチェルトを聴きに行き、彼の音楽に陶酔した思い出があります。ルクセンブルグオケがいちいち私を現実の世界に引き戻してくれたけど。あ、余計なこと言っちゃった!

一昨日のピアノリサイタルのプログラムはこちら。一部がシューベルトのピアノソナタD960、二部がムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」です。そして今日のプログラムはベートーヴェンのピアノコンチェルト3番と4番。ね、選べないでしょ?だから2回とも行きました。至極当然。

チッコリーニのピアノはとても“優しい”のです。愛情に溢れている音なのです。ですからシューベルトはとても慰められました。あー、こうなるとチッコリーニのシューベルトのピアノソナタD644が聞きたいー(A-dur のドーレミー、レードシードミーね)。あれを弾いてくれたら多分、体中の水分が涙になる!と思いました。「展覧会」は一番最近に聞いたのが、パリのサル・ガボーでのユンディ・リーでした。若々しく溌剌とした「展覧会」でした。チッコリーニのはまるで違う曲のような、もっともっとエレガントでやっぱり優しい音楽でした。なんといってもアンコールが良かった!最初にエルガー。自然に涙が出るってことあるのねーという体験を味わいました。続いてスカルラッティ、そして最後にファリャ。エネルギッシュな演奏で、「チッコリーニを日本で聴くのも、もう最後だろうな」と思っていたのがひっくり返った演奏でした。こりゃ毎年来るな!という印象。日の出。

そして今日は私の一番好きな4番を本当に心から楽しみに出かけました。(あ、一番好きって言うと難しいねぇ、ラヴェルも一番好きだしー。どうでもいいでしょ、この独白。)オケは新日本フィル、指揮はヴォルフ=ディーター・ハウシルトさん。3番ですでに、チッコリーニのベートーヴェンを聞かせてくれました。この偉大な指揮者と私、趣味が合わないな、と感じつつもピアノの音色に恍惚とする私。ワクワクの4番です!

パリにいる頃、『ドビュッシーのチェロソナタとベートーヴェンのピアノコンチェルト4番は、素晴らしい演奏家の演奏を生で聞きたい』という夢のような目標を持っていました。チェロソナタは思いがけず、その夢が早い段階で叶いました。ラジオ・フランスでのチョンさんとラジオ・フランスの首席チェリストとの共演でした。あれも良い時間でした。その時のプログラムは今も忘れません。ドビュッシーのチェロソナタとヴァイオリンソナタ、そしてメシアンの「この世の終わりのためのカルテット」。あー、パリってこういうコンサートを無料で提供してくれるところが素晴らしい。ありがとう、パリ。貴方、素晴らしい。

そして今日のチッコリーニの4番です。まさかこんなソリストで聞けるとは思ってもいなかったので、数ヵ月前、すみだトリフォニーに電話をしてチケットを取った時の私の声、上ずっていただろうな~(照)。

聞いたことのない4番でした。最初のピアノソロ5小節を今でも頭の中で反芻します。“Tendresse(優しさ、愛情、思いやり、愛撫etc.という意)”という言葉以外に思いつきません。3楽章のロンドは思い切りエレガントでした。私はパリでこのコンチェルトのオケ譜を私利私欲に任せて即買いしました。そして雰囲気弾きをして、ピアニストのお友達を相手によく余興としたものでした(笑)。バカだねー。そして私が弾くロンドのアニマート過ぎること!遊びでやっていたにしても、深く反省しました。

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あー、ちょっと今は頭の中が飽和状態で、まともな文章が書けません。かと言って、いつもまともだとは自分でも思っていませんからご安心を。

最後に私のオススメ≪チッコリーニ≫をご紹介。
CD、セヴラックピアノ曲集に入っている『休暇にて』です。第1集、第2集合わせて全10曲です。全部が小品でどれも好き。でも1集の2曲目、「おばあちゃんが撫でてくれる」という曲は、聞いているだけで本当に慰められます。疲れた時に聞いたらきっと涙が止まらなくなりますよ。それと、同じくセヴラックの「ロマンティックなワルツ」。これも最高。是非、聞いてみてください。私に感謝するはず(笑)。

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そういうわけで、今日はここまで。さいならー。
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by komaiyuriko | 2010-03-17 00:40 | 文化・芸術

芸術は爆発だ!

こんにちは、ユリタロウです(今日の主役をリスペクト)。
ついに行って参りました、岡本太郎記念館に!
入院中、TOKYO ART MAPという本を熟読し、ここに早く行きたいなと思っていたのですよ。
こういうのって前々から予定を決めず、思い立ったら吉日的な感じで行くのがいいですね。自分にサプライズ!みたいなノリで。意味不明ですか?

さて表参道のechikaで軽く食事を済ませ、早速地図をぐるぐる回転させながら(地図の読めない人の典型)たどり着きました。
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ワックワクです。

お庭がこんなんだもの。
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入口もこんなんだもの。
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入場料は600円也。彼のアトリエには圧倒されました。
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未だにこのアトリエには彼のパワーやエスプリが感じられました。今でも当然ここで作品が生まれ続けているといった、生のエネルギーに溢れていました。


ピアノもあるのですよ。彼はピアノも大変うまかったとか。
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今はエキスポジション「岡本太郎の眼」というのを開催しています。彼は写真を撮るのも好きだったよう。彼が撮った写真が展示されています。
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愛用のカメラ
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ここには私の大好きな太陽の塔がいます。大阪にいる太陽の塔には3年前の夏に会いに行きました。思っていたよりも巨大で、電車からチラリ、チラリと見える太陽の塔に胸を弾ませたものです。足元にたどり着いた時には、その大きさと親しみから笑みがこぼれました。
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今日はこの子にお触りアリとのことでまずはご一緒にセルフポートレートを1枚。
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あまりにバランスがよさそうなので、お相撲で勝負することにしました。
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なかなか手ごわいです。

お庭に出ると、たくさんのオブジェがまるで私たちに遊ばれることを待ちわびているように並んでいます。言葉なく、かつおしゃべりなオブジェたち。仕方がないから遊んでやりました。
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この子を大変気に入りました。「午後の日」という子です。話を聞いてやってるところ。

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打楽器出身のプライドにかけて、いい音を鳴らしてみせます。

サイン帳にはもちろん記入。
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ま、こんな感じで楽しく遊べる美術館です。おしゃれなオープンカフェもあります。もともと彼のアトリエだったところですから大きくありません。ですから所要時間も少なめで、ぽっと散歩がてらに行くのが良い感じ。私のようにここを目的にすると「まだまだ余力アリ」という状態になります。ですが、カフェだけなら(お庭も自由)入館料は要りませんから、これからの季節にオススメですよ!
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by komaiyuriko | 2010-03-15 23:39 | 文化・芸術

ソノリウム・コンサート

こんばんは、ユリです。
今日も小雨の中、会場まで足を運んで頂きましたお客様にはこの場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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今日の会場、永福町にありますソノリウムに私は初めて伺いました。永福町と言えば、クルト・パイユとよく舞台を共にしてくれるダンサーのアキが以前住んでいたところ。まだパリに住んでいた頃、日本には仕事で一時帰国をしばしばしました。その度に、アキちゃんにはよく居候させていただきました。一度なんてアキちゃんを友人の家に泊らせて、私とまーちゃんがアキ宅を陣取ったこともあったくらい。その節はお世話になりました!

ですから永福町は、私にとって馴染みの街。その街にル・コルビュジエ建築のような素敵な会場があるなんて!ホールに入った途端にその空間に溶け込む感覚がありました。また、ステージから見る会場全体の雰囲気も客席から見た空間と違い、広がりが出てまた良いのです。すっっごく好きになってしまいました。
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リハーサル中

しかも今日の曲目がこの空間にあっていること(笑)。鶴園先生がリハーサルでラヴェルの「水の戯れ」を弾かれるのを聴きながら、―この感じ、なんだろう―とポヤ~ンとしてしまいました。きっと陶酔とか恍惚と言った類の言葉からセクシーさを取り除いた言葉があったらそれです。ただ、その他の曲はまさにそれらの言葉がぴったりな内容でした。ピエール・ルイスのビリティスにしても、マラルメから想を得た牧神の午後の前奏曲にしてもなんてエロティックなんでしょう。牧神なんて、言葉がないのにあれだけ雄弁にエロスを語られるともう一体何がなんだか分からなくなるくらいです。
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ビリティス中。震えおののいて目を伏せたところ(笑)。

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牧神のエロすぎて頭がおかしくなるポイントはココ。アモナヴィね。

後半は自分の出番、ド・レニエの詩による4曲が歌い終わると客席でラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」を聞かせていただきました。ラヴェルの音楽は私に、夜に輝く移動式遊園地のような、限りなく現実の色に近いセピア色の回転木馬のような、あのノスタルジーとまやかし、その中にある浮ついた華やかさと悦びとそれに同居している儚さや寂しさを感じさせます。そこに永遠に居させてくれればきっと哀しくないのかもしれません。しかしラヴェルは「それは虚構だよ」と最後に言って、私たちを現実の世界に帰す、もしくはその虚構の世界に私たちを置き去りにして、その世界を煙のように失くしてしまう感じがします。そして私は音楽の中で「虚構だよ」と言われた時にいつも泣きたくなるのだろうと思いながら、1台4手で演奏されるこの曲を1列目で逞しい肩を出しながら聴いていました。

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それはまるで、ビリティスの終曲「ナイアードの墓」で“彼”に言われる言葉と同様の響きを持ちます。「サティールは死んだよ。ニンフもみんな死んだよ」と。(でもこの曲の場合、新たなものに視線が定まっていて、過去や失ったものを惜しむのではなく、未来を見据えている清々しさがあります。終盤、空に氷のかけらを透かして見るシーンがあります。ピアノの後奏の最後、アクセントが付いている音があります。その音が、曇った空から出でた光が氷に反射し、私を眩しくさせます。そこに未来を透かしてみた新鮮な感覚があります。)

まーそんなわけで、最後は涙をこらえながらラヴェルを聞かせて頂きました。クルト・パイユも、これくらい思い切ってコンサートをしてみてもいいかもしれない、と思ってしまいました。むか~し、ベルギーの日本大使館で公演した「ベルギー詩人へのオマージュ」くらい思い切ったヤツ!あれほどお客さんがいなかったコンサートもないよねー。本番なのにリハかと思っちゃった。ま、2年に1度くらいは、私たちのコアな部分をえぐりだすようなコンサートをしましょう。集客を考えずに(笑)。

ではまたー!
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by komaiyuriko | 2010-03-07 22:55 | コンサート